エレメンタル・ストーリー ~1-13~
(13)
俺は今、校庭の真ん中で立ち尽くしていた。
目の前に広がる光景はいつもの校庭のそれではなく、ここだけに流れ星が降ってきたような――無数の尖った岩が校庭のあちこちに突き刺さっていた。
刺さっている岩の陰から一人の女子が倒れているのを見つけた。
早川だ。
俺は早川を見つけると、急いで彼女のもとに駆けよった。
しゃがんで、容体を確認する。
「気を失ってるだけか……」
よかった……とりあえず無事なようだ。目立った外傷もない。
「ユ、ユウ……」
ユキッチが実体化して俺に声をかけてきた。それはかなり深刻そうな声だった。
俺はそれが何を意味しているのかわかった。
だが、それは同時に一番逢いたくなかったやつに逢ってしまったということになるわけで……
俺はゆっくりとユキッチの向いているほうに顔を向ける。
「!!」
そこにいた人物を見て俺はさらに動揺した。
「まさか……お前だったのか……」
どうしてだ……どうしてこうなったんだ。
――十数分前――
K高に戻ってきた俺たち4人はそのまま帰宅しようとした。もう、どこの部活も終わっていて、校舎のほうも電気が消えて真っ暗になっていたし……
ちなみに時刻は八時だった。
このあたりは部活終了時刻を過ぎると、一気に静かになる。
住宅が少ない……というかほとんどないところなのだ。だからこんな時間でも気をつけて歩かなければならない。
今は通り魔のこともあってか、校門に着いても歩いてる人には一人も会わなかった。
「あ、教室に忘れ物しちゃった」
早川が突然そう言った。
「何を忘れたの?」
「メモリーカード……」
どうやら、今朝、校門前のクレーターを撮影したデータの入ったメモリーカードを机の中に忘れてきてしまったらしい。
なんか早川らしくないミスだな……
「明日にすれば?」
「で、でも……」
明日香の提案に早川は困惑した表情で俺をチラリと見た。……なんだ? 俺の顔に何かついてるのか?
「……わかった。取りに行ってくる」
何がわかったのだろうか? ただ忘れ物を取りに行くだけだというのに。
「あ、じゃあ俺も一緒に行くよ」
と東が言ったので、
「うん、お願い」
早川はそれに頷いた。
「あたしたちはここで待ってるよ」
「ごめんね、明日香。すぐ戻ってくるから」
そうして、早川と東の二人は小走りに校舎の中へと入っていった。
「…………。」
俺も一緒に行ったほうがよかったかなと思っていると、
「……何? あんたも由奈についていきたかったの?」
明日香に図星をつかれたので、
「そ、そんなわけねえだろ!」
俺は、つい大声を出してしまった。
それから数分くらいして、そろそろ戻ってくるかなと思っていたとき、
「きゃあああああああああ!」
《ドゴオオオオオオン!》
ここまで聞こえる悲鳴と昨日の雷とは違う大きな爆音が校庭のほうから聞こえた。
「な、何? いったいどうしたっていうの!?」
明日香が困惑しているとき、
(ユウ!)
テレパシーで頭の中からユキッチの声が聞こえた。
(おい、ユキッチ。これってもしかして……)
(邪霊だ! 邪霊が今、校庭にいるよ!)
そのとき俺は早川の顔が浮かんだ。
さっき聞こえたのは女子の悲鳴だったし、まだ校内にいる女子は早川以外考えられなかった。
「ゆ、有貴。どこ行くのよ!」
明日香は取り乱しながらも、俺にそう尋ねてきた。
「校庭だ。早川たちの身に何かあったのかもしれないし」
「え、ちょ……」
「危ないからお前は来るなよ」
「っ!」
俺の一言で明日香は黙ってしまった。
まだ何か言いたそうだったが、今はそれに付き合ってる暇などない。
俺は急いで校門をくぐり、そこから続く坂道を駆け上がった。
――現在――
そうして目にしたのがこの光景だった。
何がどうなってんだ。
なぜ早川が襲われた。
なぜあいつが……
「もう来たか、松下。随分鈍感な精霊のようだが、力を使えばさすがに気づくか……」
「東!!」
なぜ東が邪霊の所有者なんだ!
信じられなかった。何かの間違いだと思った。
あいつはこんなことするやつじゃない。
他人を平気で傷つけるようなやつじゃない!
「なんでだ……なんでお前が……」
「信じられないようならもう一つ教えてやる。この近辺で起こっている連続通り魔事件の犯人もこの俺だ」
東は冷たい目をしてそう言った。
「な…………」
俺はさらにショックを受けた。
確かに、この通り魔の犯人は邪霊の所有者だと想像していたが、それをやっていたのが東だというのが信じられなかった。
実際、俺は目の前にいる東に対して、わずかながらも違和感を覚えつつあった。
「なんで早川を襲った!」
俺は早川を腕に抱えたまま叫ぶ。東は顔をさらに冷淡にして答える。
「お前の精霊に聞いてみれば?」
「え?」
俺は今は実体化して俺の肩に乗っているユキッチに目を向けた。すると、ユキッチは顔をうつむかせ、
「……ユナも所持者なんだよ」
「何っ!?」
東は俺の反応を見て、自慢そうに語り始めた。
「そう、俺は何も無差別に人を襲ってるわけじゃない。一般人より精神力のある所持者のみを狙って精神力をギリギリまで吸い取らせてもらっているのさ。自覚のない所持者なら襲うのも簡単だしな」
「まさか、もう早川の精神力も……」
俺は自分の顔が青ざめていくのを感じる。
「安心しろ。まだそいつには何もしちゃいねえよ」
「……そうか」
東が可笑しそうに笑うのを俺は黙って睨んでいた。
「でも、おかしいよ、ユウ」
「……何がだ?」
「アズマは所持者ではないんだよ」
「え?」
俺はついこんな反応をしてしまったが、ユキッチの言葉でやっと理解した。
そうか……そういうことなら、これですべてのことにつじつまが合う。
俺は東を真っ直ぐ見つめ、こう言い放った。
「お前、東を操ってる邪霊だな」
俺の言葉で東は目に見えて狼狽し始めた。
「な、何を言ってるんだ、松下。今の俺を認めたくない気持ちはわからんでもないが、これが俺の本性だ。クラスでおとなしくしているのも本性を隠すためで――」
今の言動で俺は確信した。
こいつは東なんかじゃないと。
「……違うな。お前は東の身体を完全に乗っ取っているだけだ。所持者を洗脳するより、一般人を洗脳したほうが簡単らしいからな。
まあ、完全に洗脳してるって言っても周りのやつらに気づかれちゃ元も子もないから、普段は東自身に行動させ、所持者を襲うところだけお前が操ったりしてるんだろうけど」
「そうか、だから他人の精神力を奪っていたのか」
ユキッチも納得した声を出した。俺はそれに頷いて、
「そういうことだ。東はどうしたって一般人だから力を使うには精神力が全然足りない。だから他の所持者の精神力が必要だったってわけさ」
東は口元を凶悪に歪めながら俺に質問した。
「……どうしてわかった?」
「お前が俺のことを名字で呼んだからだよ。東とはそれなりに仲がよくてね。あいつは俺のことを名前で呼んでいたよ」
ついに東……いや、邪霊は笑い出した。
「くくく……たいしたもんだな。お前に精神的な揺さぶりをかければ楽にエレメンタルを奪えると思ったのにな……。まさか見抜かれるとは思ってなかったよ、実際」
「やはりさっきの音は俺をおびき出すためか……」
「ああ、早川から精神力を奪うってのもあったが、今回はお前の持つエレメンタルが目的さ。俺たち邪霊にとって精霊は邪魔な存在でしかないからな。
しかし、ボルタがやられたのは予想外だったよ。だから俺が直接手を下すしかなくなったというわけだ」
ボルタとこいつはつながっていた。
俺はその驚きを顔に出さないようにして言う。
「……そろそろ姿を見せたらどうなんだ? 邪霊さんよぉ」
俺がそう言うと、東の右肩側の空気が歪み始めた。
今、そこにまがまがしいモノが現れるかのように。
やがて、東の右肩に邪霊が姿を現した。そいつは人型に岩盤を貼り付けたような姿をしていた。粘土人形の粘土の部分が岩でできているような外見だった。
「ロ……ロッキー。さ、最悪だ……」
そいつが現れたと同時にユキッチは怯えた表情を見せた。
「どうしたんだよ? ユキッチ」
「……岩のエレメンタルの精霊、ロッキー。探知能力にも優れていて、ボルタよりは間違いなく強いよ」
「……それってどのくらいだ?」
「邪霊の中じゃあ下の上ってとこだけど、昨日、能力の使い方を覚えたユウが勝てるような相手ではないよ」
……つまりあいつは、昼休みにユキッチが言ってた『逃げるべき相手』というわけだ。
だが、俺は逃げる気はなかった。正確には逃げても逃げ切れそうもないと直感していたわけだが。
俺は東……いやロッキーを睨みつけたまま、早川を抱えて立ち上がった。
「ユウ……もしかしてあいつと戦うつもり?」
「……いいから早く力を貸せ」
「わかったよ……」
ユキッチがそう言うと、俺の身体は青いオーラのようなものに包まれ始めた。
それと同時にロッキーが消えた。多分、エレメンタルの中に戻ったのだろう。
東(中身はロッキー)は両手を頭上に掲げ、力を溜めている。
その上には鋭く尖った岩が次々と出来あがっていく。
「くらえ! “岩弾”!」
東の掛け声と共に頭上に漂っていた岩が俺めがけて飛んできた。
「はっ!」
俺は早川を抱えたまま真横に跳躍した。
普段の俺ではありえない身体能力だが、これも精霊の能力なのだ。
精霊と契約した所有者は、精霊から力の一部を分けてもらい、身体能力が向上し、身体自体も頑丈になるのだ。
轟音が響く。
俺のいた場所を見ると、無数の岩が隙間なく突き刺さっていた。
……あぶねえ。
あんなのが命中したら、俺は人としての原形を留めていなかったかもしれない。
「うおっ!」
間髪入れずに第二撃が来た。
俺はそれをまた跳躍してかわす。
「ちぃ! チョロチョロとかわしよって!」
「ぬおっ!」
休む間もなく来た第三撃を俺はさらにかわす。
「はあ……はあ……」
戦いは東が攻撃して、俺がそれをかわすという千日手のような状況になってきた。
俺も反撃したかったが、早川を抱えていることで両手がふさがって無理だった。
今の俺では片手で念力を発動するなどということはできない。なんたってまだまだ初心者なのだから。
しばらくして攻撃が止んだ。
俺がかわしながらも徐々に距離を取っていたし、それを見たあいつがこのままじゃラチがあかないと思ったのだろう。
俺はこの間に早川を起こすことにした。早川を抱えたままじゃ何もできないからな。
「おい……おい、早川! 大丈夫か?」
「ん……う……あ、あれ? ゆ、有貴くん?」
俺の声で早川は目を覚ました。
よし、とりあえず大丈夫なようだ。
「ねえ……何がどうなってるの? 東くんが突然、私に襲い掛かってきたのは覚えてるんだけど……」
早川は辺りを見渡しながらそう言った。
だが、今はその質問に答えている暇はない。
「説明は後だ。早川は今のうちに逃げろ」
「え……え? それってどういう――」
東がなぜか攻撃してこない今がチャンスだと思った。せめて早川だけでも逃がさないと、あいつとまともに戦うことも、隙を見て逃げることも出来ない。
俺は困惑している早川に強く言い放つ。
「いいから早く! 巻き込まれたくなかったら、すぐにこの場を離れるんだ!!」
「う、うん。わかった」
俺の叱咤に早川は頷き、校門に向かって駆け出した。
「スキあり!!」
それと同時に東も動いた。
俺がその声に振り向くと、さっきよりも大きい岩が多数浮かび上がり、打ち出されるところだった。
「!」
その標的は背を向けて走り出した早川だった。
く……、間に合え!
「“念力”!!」
東の攻撃をかわしながら溜めていた精神力を使って、今空いている両手を打ち出された岩群に向けた。
《ドガガガガガアアアン!!》
今回は念力で攻撃を受け止めるのではなく、攻撃の軌道を逸らすように放った。
早川に向かっていた岩群は途中で大きく逸れて、誰もいない野球コートに着弾した。
早川が驚いた顔で俺のほうを振り向いていたが、「早く行け!」と俺が言うと再び走り出して、俺の位置からは見えなくなった。
よし、これで早川は大丈夫だ。
……ふう、これで――
「『これでやっと戦える』と思っているのではないだろうな?」
「……思ってるよ」
俺は東に向き直り、さっきとは違う力を集中させる。
それは今日の昼休みにユキッチから聞いた、エレメンタルの特殊能力。
『能力の吸収』だ。
エレメンタルの力で他のエレメンタルを破壊すると、破壊したエレメンタルの能力を吸収し使用することが出来るようになる。
つまり、今の俺は、
「いくぞ! “電撃”!!」
昨日倒したボルタの――、“雷”の能力が使えるというわけだ。
“ライトニング・アロー”は力のコントロールが難しそうだったから、俺は純粋な電撃を放つ。
俺の放った電撃は、真っ直ぐに東に向かっていく。
だが、あいつは微動だにしない。むしろ、微笑さえ浮かべている。東は微笑を浮かべたまま、右手を突き出し、
「“メガ・ロック”!」
電撃は現れた巨大な岩によって阻まれた。
岩は粉々になったが、東には届いていないようだ。
東は再び両手を頭上に掲げ、
「今度はこっちの番だ。“流星群”!!」
「なっ!!?」
東が本気になったのか、あらかじめ精神力を溜めていたのかはわからないが、さっきまでとは比べものにならない量、空一面を覆いつくすほどの岩が東の頭上に現れた。
「終わりだ、松下」
東の声と共にシャレにならない量の岩が発射された。
「“念力”!!!」
俺はもう一度、攻撃を逸らすように念力を放った。
《ガガガガガガガガガ!!》
飛んできた無数の岩が俺の周りだけ、見えない壁にぶつかったかのように軌道を変え、逸れていく。
「ぐっ!」
……しかし、そんな小細工も長くは続かなかった。
飛んでくる岩の数が多すぎるのだろう、俺の“念力”で逸らせなかった岩が徐々に身体に突き刺さるようになってきた。
「……痛ってえ……」
「大丈夫、ユウ?」
「……なんとかな」
攻撃がやっと止んだとき、俺はすでにボロボロだった。
二の腕、肩、太もも、ふくらはぎ、と身体中のいたるところに岩が刺さり、本来なら立っていられない状態だ。
だが、怪我の功名というやつか、どの傷も致命傷にはなっていない。あちこちから出血してはいるが、派手なものはない。
……もちろん、精霊の恩恵のおかげでもあるのだろうが。
「ほう、あれを耐えるとは素人にしてはなかなかやるじゃないか。だが、今のが精一杯だったようだな。まあ、所持者たちから精神力を奪ったんだ。力の差は歴然。圧倒的な力の前ではいくら能力の使い方を工夫しても小細工にしかならないんだよ!」
「……ちっ」
俺は舌打ちした。
確かにこんな圧倒的な力じゃあ、俺みたいな初心者がどうにかできるわけないな。
……だが、逃げるつもりはない。
ここで逃げたらまた早川が狙われるだろうし、被害者が増えることになる。
なんとしてもここで俺があいつを止めなければならない。俺はそう思った。
「…………。」
俺は満身創痍の状態でも、東を正面から睨みつけた。
「……気にいらねえ態度だな。エレメンタルを渡す気もないみたいだし、仕方ねえ。こいつで潰してやるよ」
東がさっき俺の電撃を防いだ巨大な岩を頭上に掲げていた。
「ぺしゃんこになれ、“メガ・ロック”!!」
俺は電撃で岩を破壊しようとしたが、そんな力を溜めている余裕はなかった。
「ユウ!!」
「……ちくしょう」
間に合わな――――
《ズズウウウウウウン!》
俺は巨大な岩の下敷きになっていた。後ろから走ってきたやつにタックルをかまされていなかったら。
俺はタックルしてきたそいつに声をかける。
「あ……明日香……」
「いたた……。心配だったから来ちゃったよ、有貴。随分ボロボロになっちゃってるね」
いつもの調子で明日香は俺に話しかけてきた。その後ろには早川もいる。
「な、なんでここに……」
「なんか大変そうだから、て、手伝ってあげるわよ」
「私も……こんなことになってるなら、有貴くんにだけ無茶させたくない」
上から目線の明日香と真摯な態度の早川を見て思う。
なんで来ちゃうかなあ……
なぜか頭が痛むと思ったら、頭からも血が流れていることに気がついた。
……かすり傷だったけど。
次へ
web拍手を送る
俺は今、校庭の真ん中で立ち尽くしていた。
目の前に広がる光景はいつもの校庭のそれではなく、ここだけに流れ星が降ってきたような――無数の尖った岩が校庭のあちこちに突き刺さっていた。
刺さっている岩の陰から一人の女子が倒れているのを見つけた。
早川だ。
俺は早川を見つけると、急いで彼女のもとに駆けよった。
しゃがんで、容体を確認する。
「気を失ってるだけか……」
よかった……とりあえず無事なようだ。目立った外傷もない。
「ユ、ユウ……」
ユキッチが実体化して俺に声をかけてきた。それはかなり深刻そうな声だった。
俺はそれが何を意味しているのかわかった。
だが、それは同時に一番逢いたくなかったやつに逢ってしまったということになるわけで……
俺はゆっくりとユキッチの向いているほうに顔を向ける。
「!!」
そこにいた人物を見て俺はさらに動揺した。
「まさか……お前だったのか……」
どうしてだ……どうしてこうなったんだ。
――十数分前――
K高に戻ってきた俺たち4人はそのまま帰宅しようとした。もう、どこの部活も終わっていて、校舎のほうも電気が消えて真っ暗になっていたし……
ちなみに時刻は八時だった。
このあたりは部活終了時刻を過ぎると、一気に静かになる。
住宅が少ない……というかほとんどないところなのだ。だからこんな時間でも気をつけて歩かなければならない。
今は通り魔のこともあってか、校門に着いても歩いてる人には一人も会わなかった。
「あ、教室に忘れ物しちゃった」
早川が突然そう言った。
「何を忘れたの?」
「メモリーカード……」
どうやら、今朝、校門前のクレーターを撮影したデータの入ったメモリーカードを机の中に忘れてきてしまったらしい。
なんか早川らしくないミスだな……
「明日にすれば?」
「で、でも……」
明日香の提案に早川は困惑した表情で俺をチラリと見た。……なんだ? 俺の顔に何かついてるのか?
「……わかった。取りに行ってくる」
何がわかったのだろうか? ただ忘れ物を取りに行くだけだというのに。
「あ、じゃあ俺も一緒に行くよ」
と東が言ったので、
「うん、お願い」
早川はそれに頷いた。
「あたしたちはここで待ってるよ」
「ごめんね、明日香。すぐ戻ってくるから」
そうして、早川と東の二人は小走りに校舎の中へと入っていった。
「…………。」
俺も一緒に行ったほうがよかったかなと思っていると、
「……何? あんたも由奈についていきたかったの?」
明日香に図星をつかれたので、
「そ、そんなわけねえだろ!」
俺は、つい大声を出してしまった。
それから数分くらいして、そろそろ戻ってくるかなと思っていたとき、
「きゃあああああああああ!」
《ドゴオオオオオオン!》
ここまで聞こえる悲鳴と昨日の雷とは違う大きな爆音が校庭のほうから聞こえた。
「な、何? いったいどうしたっていうの!?」
明日香が困惑しているとき、
(ユウ!)
テレパシーで頭の中からユキッチの声が聞こえた。
(おい、ユキッチ。これってもしかして……)
(邪霊だ! 邪霊が今、校庭にいるよ!)
そのとき俺は早川の顔が浮かんだ。
さっき聞こえたのは女子の悲鳴だったし、まだ校内にいる女子は早川以外考えられなかった。
「ゆ、有貴。どこ行くのよ!」
明日香は取り乱しながらも、俺にそう尋ねてきた。
「校庭だ。早川たちの身に何かあったのかもしれないし」
「え、ちょ……」
「危ないからお前は来るなよ」
「っ!」
俺の一言で明日香は黙ってしまった。
まだ何か言いたそうだったが、今はそれに付き合ってる暇などない。
俺は急いで校門をくぐり、そこから続く坂道を駆け上がった。
――現在――
そうして目にしたのがこの光景だった。
何がどうなってんだ。
なぜ早川が襲われた。
なぜあいつが……
「もう来たか、松下。随分鈍感な精霊のようだが、力を使えばさすがに気づくか……」
「東!!」
なぜ東が邪霊の所有者なんだ!
信じられなかった。何かの間違いだと思った。
あいつはこんなことするやつじゃない。
他人を平気で傷つけるようなやつじゃない!
「なんでだ……なんでお前が……」
「信じられないようならもう一つ教えてやる。この近辺で起こっている連続通り魔事件の犯人もこの俺だ」
東は冷たい目をしてそう言った。
「な…………」
俺はさらにショックを受けた。
確かに、この通り魔の犯人は邪霊の所有者だと想像していたが、それをやっていたのが東だというのが信じられなかった。
実際、俺は目の前にいる東に対して、わずかながらも違和感を覚えつつあった。
「なんで早川を襲った!」
俺は早川を腕に抱えたまま叫ぶ。東は顔をさらに冷淡にして答える。
「お前の精霊に聞いてみれば?」
「え?」
俺は今は実体化して俺の肩に乗っているユキッチに目を向けた。すると、ユキッチは顔をうつむかせ、
「……ユナも所持者なんだよ」
「何っ!?」
東は俺の反応を見て、自慢そうに語り始めた。
「そう、俺は何も無差別に人を襲ってるわけじゃない。一般人より精神力のある所持者のみを狙って精神力をギリギリまで吸い取らせてもらっているのさ。自覚のない所持者なら襲うのも簡単だしな」
「まさか、もう早川の精神力も……」
俺は自分の顔が青ざめていくのを感じる。
「安心しろ。まだそいつには何もしちゃいねえよ」
「……そうか」
東が可笑しそうに笑うのを俺は黙って睨んでいた。
「でも、おかしいよ、ユウ」
「……何がだ?」
「アズマは所持者ではないんだよ」
「え?」
俺はついこんな反応をしてしまったが、ユキッチの言葉でやっと理解した。
そうか……そういうことなら、これですべてのことにつじつまが合う。
俺は東を真っ直ぐ見つめ、こう言い放った。
「お前、東を操ってる邪霊だな」
俺の言葉で東は目に見えて狼狽し始めた。
「な、何を言ってるんだ、松下。今の俺を認めたくない気持ちはわからんでもないが、これが俺の本性だ。クラスでおとなしくしているのも本性を隠すためで――」
今の言動で俺は確信した。
こいつは東なんかじゃないと。
「……違うな。お前は東の身体を完全に乗っ取っているだけだ。所持者を洗脳するより、一般人を洗脳したほうが簡単らしいからな。
まあ、完全に洗脳してるって言っても周りのやつらに気づかれちゃ元も子もないから、普段は東自身に行動させ、所持者を襲うところだけお前が操ったりしてるんだろうけど」
「そうか、だから他人の精神力を奪っていたのか」
ユキッチも納得した声を出した。俺はそれに頷いて、
「そういうことだ。東はどうしたって一般人だから力を使うには精神力が全然足りない。だから他の所持者の精神力が必要だったってわけさ」
東は口元を凶悪に歪めながら俺に質問した。
「……どうしてわかった?」
「お前が俺のことを名字で呼んだからだよ。東とはそれなりに仲がよくてね。あいつは俺のことを名前で呼んでいたよ」
ついに東……いや、邪霊は笑い出した。
「くくく……たいしたもんだな。お前に精神的な揺さぶりをかければ楽にエレメンタルを奪えると思ったのにな……。まさか見抜かれるとは思ってなかったよ、実際」
「やはりさっきの音は俺をおびき出すためか……」
「ああ、早川から精神力を奪うってのもあったが、今回はお前の持つエレメンタルが目的さ。俺たち邪霊にとって精霊は邪魔な存在でしかないからな。
しかし、ボルタがやられたのは予想外だったよ。だから俺が直接手を下すしかなくなったというわけだ」
ボルタとこいつはつながっていた。
俺はその驚きを顔に出さないようにして言う。
「……そろそろ姿を見せたらどうなんだ? 邪霊さんよぉ」
俺がそう言うと、東の右肩側の空気が歪み始めた。
今、そこにまがまがしいモノが現れるかのように。
やがて、東の右肩に邪霊が姿を現した。そいつは人型に岩盤を貼り付けたような姿をしていた。粘土人形の粘土の部分が岩でできているような外見だった。
「ロ……ロッキー。さ、最悪だ……」
そいつが現れたと同時にユキッチは怯えた表情を見せた。
「どうしたんだよ? ユキッチ」
「……岩のエレメンタルの精霊、ロッキー。探知能力にも優れていて、ボルタよりは間違いなく強いよ」
「……それってどのくらいだ?」
「邪霊の中じゃあ下の上ってとこだけど、昨日、能力の使い方を覚えたユウが勝てるような相手ではないよ」
……つまりあいつは、昼休みにユキッチが言ってた『逃げるべき相手』というわけだ。
だが、俺は逃げる気はなかった。正確には逃げても逃げ切れそうもないと直感していたわけだが。
俺は東……いやロッキーを睨みつけたまま、早川を抱えて立ち上がった。
「ユウ……もしかしてあいつと戦うつもり?」
「……いいから早く力を貸せ」
「わかったよ……」
ユキッチがそう言うと、俺の身体は青いオーラのようなものに包まれ始めた。
それと同時にロッキーが消えた。多分、エレメンタルの中に戻ったのだろう。
東(中身はロッキー)は両手を頭上に掲げ、力を溜めている。
その上には鋭く尖った岩が次々と出来あがっていく。
「くらえ! “岩弾”!」
東の掛け声と共に頭上に漂っていた岩が俺めがけて飛んできた。
「はっ!」
俺は早川を抱えたまま真横に跳躍した。
普段の俺ではありえない身体能力だが、これも精霊の能力なのだ。
精霊と契約した所有者は、精霊から力の一部を分けてもらい、身体能力が向上し、身体自体も頑丈になるのだ。
轟音が響く。
俺のいた場所を見ると、無数の岩が隙間なく突き刺さっていた。
……あぶねえ。
あんなのが命中したら、俺は人としての原形を留めていなかったかもしれない。
「うおっ!」
間髪入れずに第二撃が来た。
俺はそれをまた跳躍してかわす。
「ちぃ! チョロチョロとかわしよって!」
「ぬおっ!」
休む間もなく来た第三撃を俺はさらにかわす。
「はあ……はあ……」
戦いは東が攻撃して、俺がそれをかわすという千日手のような状況になってきた。
俺も反撃したかったが、早川を抱えていることで両手がふさがって無理だった。
今の俺では片手で念力を発動するなどということはできない。なんたってまだまだ初心者なのだから。
しばらくして攻撃が止んだ。
俺がかわしながらも徐々に距離を取っていたし、それを見たあいつがこのままじゃラチがあかないと思ったのだろう。
俺はこの間に早川を起こすことにした。早川を抱えたままじゃ何もできないからな。
「おい……おい、早川! 大丈夫か?」
「ん……う……あ、あれ? ゆ、有貴くん?」
俺の声で早川は目を覚ました。
よし、とりあえず大丈夫なようだ。
「ねえ……何がどうなってるの? 東くんが突然、私に襲い掛かってきたのは覚えてるんだけど……」
早川は辺りを見渡しながらそう言った。
だが、今はその質問に答えている暇はない。
「説明は後だ。早川は今のうちに逃げろ」
「え……え? それってどういう――」
東がなぜか攻撃してこない今がチャンスだと思った。せめて早川だけでも逃がさないと、あいつとまともに戦うことも、隙を見て逃げることも出来ない。
俺は困惑している早川に強く言い放つ。
「いいから早く! 巻き込まれたくなかったら、すぐにこの場を離れるんだ!!」
「う、うん。わかった」
俺の叱咤に早川は頷き、校門に向かって駆け出した。
「スキあり!!」
それと同時に東も動いた。
俺がその声に振り向くと、さっきよりも大きい岩が多数浮かび上がり、打ち出されるところだった。
「!」
その標的は背を向けて走り出した早川だった。
く……、間に合え!
「“念力”!!」
東の攻撃をかわしながら溜めていた精神力を使って、今空いている両手を打ち出された岩群に向けた。
《ドガガガガガアアアン!!》
今回は念力で攻撃を受け止めるのではなく、攻撃の軌道を逸らすように放った。
早川に向かっていた岩群は途中で大きく逸れて、誰もいない野球コートに着弾した。
早川が驚いた顔で俺のほうを振り向いていたが、「早く行け!」と俺が言うと再び走り出して、俺の位置からは見えなくなった。
よし、これで早川は大丈夫だ。
……ふう、これで――
「『これでやっと戦える』と思っているのではないだろうな?」
「……思ってるよ」
俺は東に向き直り、さっきとは違う力を集中させる。
それは今日の昼休みにユキッチから聞いた、エレメンタルの特殊能力。
『能力の吸収』だ。
エレメンタルの力で他のエレメンタルを破壊すると、破壊したエレメンタルの能力を吸収し使用することが出来るようになる。
つまり、今の俺は、
「いくぞ! “電撃”!!」
昨日倒したボルタの――、“雷”の能力が使えるというわけだ。
“ライトニング・アロー”は力のコントロールが難しそうだったから、俺は純粋な電撃を放つ。
俺の放った電撃は、真っ直ぐに東に向かっていく。
だが、あいつは微動だにしない。むしろ、微笑さえ浮かべている。東は微笑を浮かべたまま、右手を突き出し、
「“メガ・ロック”!」
電撃は現れた巨大な岩によって阻まれた。
岩は粉々になったが、東には届いていないようだ。
東は再び両手を頭上に掲げ、
「今度はこっちの番だ。“流星群”!!」
「なっ!!?」
東が本気になったのか、あらかじめ精神力を溜めていたのかはわからないが、さっきまでとは比べものにならない量、空一面を覆いつくすほどの岩が東の頭上に現れた。
「終わりだ、松下」
東の声と共にシャレにならない量の岩が発射された。
「“念力”!!!」
俺はもう一度、攻撃を逸らすように念力を放った。
《ガガガガガガガガガ!!》
飛んできた無数の岩が俺の周りだけ、見えない壁にぶつかったかのように軌道を変え、逸れていく。
「ぐっ!」
……しかし、そんな小細工も長くは続かなかった。
飛んでくる岩の数が多すぎるのだろう、俺の“念力”で逸らせなかった岩が徐々に身体に突き刺さるようになってきた。
「……痛ってえ……」
「大丈夫、ユウ?」
「……なんとかな」
攻撃がやっと止んだとき、俺はすでにボロボロだった。
二の腕、肩、太もも、ふくらはぎ、と身体中のいたるところに岩が刺さり、本来なら立っていられない状態だ。
だが、怪我の功名というやつか、どの傷も致命傷にはなっていない。あちこちから出血してはいるが、派手なものはない。
……もちろん、精霊の恩恵のおかげでもあるのだろうが。
「ほう、あれを耐えるとは素人にしてはなかなかやるじゃないか。だが、今のが精一杯だったようだな。まあ、所持者たちから精神力を奪ったんだ。力の差は歴然。圧倒的な力の前ではいくら能力の使い方を工夫しても小細工にしかならないんだよ!」
「……ちっ」
俺は舌打ちした。
確かにこんな圧倒的な力じゃあ、俺みたいな初心者がどうにかできるわけないな。
……だが、逃げるつもりはない。
ここで逃げたらまた早川が狙われるだろうし、被害者が増えることになる。
なんとしてもここで俺があいつを止めなければならない。俺はそう思った。
「…………。」
俺は満身創痍の状態でも、東を正面から睨みつけた。
「……気にいらねえ態度だな。エレメンタルを渡す気もないみたいだし、仕方ねえ。こいつで潰してやるよ」
東がさっき俺の電撃を防いだ巨大な岩を頭上に掲げていた。
「ぺしゃんこになれ、“メガ・ロック”!!」
俺は電撃で岩を破壊しようとしたが、そんな力を溜めている余裕はなかった。
「ユウ!!」
「……ちくしょう」
間に合わな――――
《ズズウウウウウウン!》
俺は巨大な岩の下敷きになっていた。後ろから走ってきたやつにタックルをかまされていなかったら。
俺はタックルしてきたそいつに声をかける。
「あ……明日香……」
「いたた……。心配だったから来ちゃったよ、有貴。随分ボロボロになっちゃってるね」
いつもの調子で明日香は俺に話しかけてきた。その後ろには早川もいる。
「な、なんでここに……」
「なんか大変そうだから、て、手伝ってあげるわよ」
「私も……こんなことになってるなら、有貴くんにだけ無茶させたくない」
上から目線の明日香と真摯な態度の早川を見て思う。
なんで来ちゃうかなあ……
なぜか頭が痛むと思ったら、頭からも血が流れていることに気がついた。
……かすり傷だったけど。
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by yanagino-kiyohiko
| 2008-10-17 08:14
| 小説