エレメンタル・ストーリー ~1-16~
(16)
「…………ん?」
「あ、目覚めた? 兄さん」
俺が目を覚ますと、目の前に奈緒の心配そうな顔があった。
「……とりあえず顔を離せ、奈緒」
奈緒の顔がかなり近い位置にあったから、俺はそう言った。
身体を起こして周りを見ると、そこは俺の部屋だった。ちゃんと自分のベッドで寝ているようだ。
「むぅ、あと少しだったのに……」
「……何しようとしてたんだ? お前」
奈緒は名残惜しそうな表情をして部屋を出ていった。
「よう有貴。起きたみたいだな」
「奏……」
奈緒と入れ替わりで入ってきたのは奏だった。その後ろには明日香と早川もいる。
「……俺、どうしてここに?」
「ああ、明日香が俺の携帯に電話してきたんだよ」
奏がため息混じりで俺の呟きに答えた。
「……まったく、驚いたぜ。呼ばれて下に行ったら、制服をボロボロにして、しかも意識を失っているお前がいたんだからな」
「そうか……」
そういえば、あのときの傷が消えていた。今はもう何の痕跡もない。
そんな簡単に消える傷ではない感じだったのに。
「……なんか心配かけちまったみたいだな」
「別にいいって。お前をここまで運ぶのはそんなに苦労しなかったし、大怪我したわけでもないみたいだからな」
……いや、本当は大怪我していたのだがな……
俺が気を失ってる間に何が起こったというのだろうか。
今度は明日香が口を開いた。
「それよりも奈緒が取り乱しちゃって、そっちのほうが大変だったわ。今日はあんたの親いないらしいから、あたしたちで落ち着かせるのに苦労したのよ」
「すまん……」
それはなんとなくわかった。
さっき見た奈緒の顔は散々泣いた後の顔だったからな。……あとであいつにも謝っておくか。
「それで……あの、身体のほうは大丈夫なの?」
早川が心配そうな顔で尋ねてきた。
「ああ、まだ少し身体がだるい気がするけど、異常というほどのものではないさ」
「そう……よかった」
俺がそう答えると、早川は微笑んだ。
それはなんというか、見ているだけで癒される笑みだった。
「…………。」
俺が早川を見つめていると、早川は顔を赤くして目を逸らした。
「……なにいやらしい目で由奈を見てんのよ」
明日香に睨まれた。……俺、なんかマズイことした?
俺が疑問符を頭に浮かべていると、急に明日香が真面目な顔になり、
「ねえ、有貴に話があるから奏君はちょっと席をはずしてくれる?」
「……ああ、わかった」
奏は頷いて、部屋を出て行った。奈緒と話しているのが扉越しに聞こえる。
「あれ、どうしたの? 奏くん」
「有貴に話があるんだとさ。多分、ミス研がらみの話だろうから、俺たちは向こうに行ってるとしよう」
「う、うん……」
なるほど、それで奏はすんなりと応じてくれたのか。物分りのいい親友で助かったよ。
……これから大変なことになりそうだけどさ。
本当にミス研がらみの話ということはないだろう。
それなら、明日香が俺を非難の目で見ている説明がつかない。
「…………。」
「…………。」
「…………。」
重い沈黙の空気が流れる。それは、俺が一方的にそう感じているだけかもしれないが。
「……有貴」
この空気の中、最初に口を開いたのは明日香だった。
「なんだよ?」
「聞いたわよ、全部。このユキッチからね」
いつの間にか、明日香の手のひらにユキッチが乗っていた。
ユキッチはすまなそうな顔をしていた。俺は嘆息して答える。
「そうか……」
「『そうか……』じゃない! なんでそんな安請けあいしちゃうの!?」
俺の答えが不満だったのか、明日香は本気で怒鳴ってきた。
「別に軽い気持ちで引き受けたんじゃねえよ」
「だったら、せめてあたしたちの誰かに相談してくれてもいいじゃない」
「……いや、こんな危険なことに巻き込みたくなかったし」
それを聞いて明日香は深いため息をひとつ吐いて、
「……まあ、いいわ。事が大きすぎて話せなかったってことだろうから許してあげるわ。それよりも……」
上から目線で許しておいて、まだ文句があるのか? 思ってることをはっきり言ってくれるのは基本的にありがたいが、今はちょっと勘弁してほしいな……。
実は俺、これでも結構疲労してるし。
そんな俺の気持ちを無視して明日香は言葉を続けた。
「最後の攻撃のとき、あんた精神力を使い果たしたでしょ? 有貴、本当はもう少しで死ぬところだったのよ」
「…………そうなのか?」
3人とも頷く。しかし、俺はそれにいまいち実感が持てなかった。
たしかにあの攻撃は全力で放っていて、精神力を使いすぎたなという感覚もあったけど、そこまで消耗していたとは思っていなかったのだ。
「あんたが倒れた後、すぐにあたしたちの精神力を分け与えていなかったら死んでいたかもしれなかったのよ。」
「そうだよ。でも……ユウがありったけの精神力を注ぎ込んだおかげで、ロッキーを倒すことができたんだけどね」
……ということは、結果オーライか? 明日香は「よくない!」って言いそうだけど……
俺の選択は無茶だったけど、間違ってはいなかったのか。
「……そういえば、岩のエレメンタルは?」
まさか俺が気絶している間に逃げられたとかはないよな?
「ああ、“精霊界”に強制送還したよ。ボクの能力を使ってね」
ユキッチが胸を張って俺の質問に答えた。
俺はさらに気になっていたことを尋ねる。
「……それで、東は?」
「無事だったよ」
今度は早川が答えた。
「私と明日香で有貴くんに精神力を分け与えた後、東くんが目を覚ましてね。戦いのことを何も覚えていないみたいだったから、上手く誤魔化して帰ってもらったよ」
「そうか……よかった」
本当によかった。
やったのは東本人ではないといっても、あいつは気にしてしまうだろう。それなら何も知らないほうがいいよな……
「有貴」
安堵の表情を浮かべていた俺に明日香が声をかけてきた。
「ねえ、また戦いになったらこんな無茶をする気なの?」
明日香も早川もこれが一番聞きたかったのだろう。二人とも真剣な顔で俺の返答を待っている。
俺はまたひとつ嘆息して、
「……あんなの毎回成功するわけないだろ? まだ能力の使い方がわからなかったから、力任せな戦い方しかできなかったんだよ」
「実は今日からその特訓をしようといていたんだけど、その前にあいつと遭遇しちゃったんだよ」
ユキッチも俺を弁護してくれた。だが今考えると、他の方法があったようにも思える。……でもそれは気にしたらダメだな、多分。
その答えに明日香も早川も納得しているようだ。
「ふーん。そっかあ……」
明日香がなにやら笑みを浮かべている。……いや、それも気にしたらダメだ、恐らく。
「特訓ねえ……。じゃああたしも手伝っちゃおうかな?」
……気にしたほうがよかった。明日香よ、なんでそんな話になる……
明日香の発言に早川もピクリと反応していた。
「なんでそうなるんだよ……」
俺は呆れた声で言った。明日香は少し頬を膨らませて言い返してくる。
「だってあたしも所持者ってやつなんでしょ? 今日みたいに力になれると思うんだけどなあ」
明日香は俺を上目遣いで見てきた。俺はそれに照れながらもさらに言い返す。
「せ、精神力の供給ってだけなら危険すぎる。戦う力を持ってないお前をこんなことに巻き込みたくないんだよ」
「あ、それなら大丈夫よ」
明日香がそう言って、手のひらに乗せたユキッチに視線を落とした。
ユキッチはそれに気づいて俺のほうを向いた。
「エレメンタルの特殊能力の一つに分け与える能力があるんだ。それを使えばアスカもボクらのエレメンタルの能力が使えるようになるよ」
……おいこら、ユキッチ。余計なことを言うな。そんなこと言ったら――
「なら決まりだね!」
俺がユキッチを睨んでいると、明日香が割り込んできた。明日香は満面の笑みを浮かべている。
「……わかったよ」
「よし!」
こういうときの明日香の笑顔は、俺にとって脅迫行為以外の何者でもない。
なんたって、明日香が浮かべているあの笑顔の裏には『断ったらどうなるかわかってるわよね?』という意味がこめられているのだから。
……こいつには一生勝てない気がするよ。
「そ、それなら私も!!」
「えっ!?」
早川まで突然そんなことを言い出したから、俺はかなり驚いた。
「な、なんで早川まで……」
「ここまで聞いて私だけ知らんぷりはしたくないよ。それに……」
早川が一瞬俺のほうを見る。『それに……』何だろう? それを誤魔化すように早川は声を張り上げる。
「と、とにかく! 明日香が手伝うって言うなら私もそうする。明日香は私の親友だから」
なんだか、それだけじゃない気がするが……
「い、いいよね?」
……まあ、いいか。
「お、俺は別にいいけど……」
俺はまた照れながらそう答えた。明日香がまたジト目で俺を見ていたけど、それは見えてないフリをした。
今はとにかく眠りたかったし……
「……じゃあ、今日はもう遅いから明日から特訓開始な」
「何言ってるの、有貴くん? 今からすぐに始めるんだよ!」
「そうね。そうしたほうがいいかもしれないわね……」
「……へ?」
俺の言葉に早川が凄い勢いで反応してきた。
あのー、早川さん? 何を言い出しているのですか?
何故明日香もそれに頷いているんだ?
「えーと、俺一応ケガ人なんだけど……」
「あ、それはボクが完璧に治しておいたよ。ついでにグラウンドね」
……あー。やっぱりユキッチが治してくれたのか……
本来ならありがたく思うはずなのだが、今はまったくありがたくない。
最後に俺の疑問を解決してくれてありがとうよ、畜生め。
俺は何とかして早川を説得しようとする。無理だと思うけど……
「でも、今日はもう遅いし……」
「明日から休みだから大丈夫だよ!」
「早川の親が心配するんじゃ……」
「明日香の家に泊まるって言ってあるよ!」
「…………。」
準備万端というより、用意周到だな、これは。
「有貴……」
「有貴くん……」
明日香と早川の二人の視線が俺に突き刺さる。
む、無理だ。やはり俺に交渉の才能はない。
「……わかった、やるよ」
俺は渋々ながら同意した。弱すぎるよ、俺……
「それじゃあ行こうか、有貴」
「ほら、立って、有貴くん」
明日香と早川が俺の両腕を引っ張り、俺はベッドから無理やり引きずり出された。
「お、俺、一応疲れてるから、程々にしてくれよ」
もうそれくらいしか言えなかった。
「いってらっしゃーい、兄さん」
「がんばれよ……」
そして、奈緒と奏に見送られる形で家を出た。
……助けてはくれないのね、二人とも。
この三十分後、俺が抜け殻状態になったのは言うまでもないことである。
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「…………ん?」
「あ、目覚めた? 兄さん」
俺が目を覚ますと、目の前に奈緒の心配そうな顔があった。
「……とりあえず顔を離せ、奈緒」
奈緒の顔がかなり近い位置にあったから、俺はそう言った。
身体を起こして周りを見ると、そこは俺の部屋だった。ちゃんと自分のベッドで寝ているようだ。
「むぅ、あと少しだったのに……」
「……何しようとしてたんだ? お前」
奈緒は名残惜しそうな表情をして部屋を出ていった。
「よう有貴。起きたみたいだな」
「奏……」
奈緒と入れ替わりで入ってきたのは奏だった。その後ろには明日香と早川もいる。
「……俺、どうしてここに?」
「ああ、明日香が俺の携帯に電話してきたんだよ」
奏がため息混じりで俺の呟きに答えた。
「……まったく、驚いたぜ。呼ばれて下に行ったら、制服をボロボロにして、しかも意識を失っているお前がいたんだからな」
「そうか……」
そういえば、あのときの傷が消えていた。今はもう何の痕跡もない。
そんな簡単に消える傷ではない感じだったのに。
「……なんか心配かけちまったみたいだな」
「別にいいって。お前をここまで運ぶのはそんなに苦労しなかったし、大怪我したわけでもないみたいだからな」
……いや、本当は大怪我していたのだがな……
俺が気を失ってる間に何が起こったというのだろうか。
今度は明日香が口を開いた。
「それよりも奈緒が取り乱しちゃって、そっちのほうが大変だったわ。今日はあんたの親いないらしいから、あたしたちで落ち着かせるのに苦労したのよ」
「すまん……」
それはなんとなくわかった。
さっき見た奈緒の顔は散々泣いた後の顔だったからな。……あとであいつにも謝っておくか。
「それで……あの、身体のほうは大丈夫なの?」
早川が心配そうな顔で尋ねてきた。
「ああ、まだ少し身体がだるい気がするけど、異常というほどのものではないさ」
「そう……よかった」
俺がそう答えると、早川は微笑んだ。
それはなんというか、見ているだけで癒される笑みだった。
「…………。」
俺が早川を見つめていると、早川は顔を赤くして目を逸らした。
「……なにいやらしい目で由奈を見てんのよ」
明日香に睨まれた。……俺、なんかマズイことした?
俺が疑問符を頭に浮かべていると、急に明日香が真面目な顔になり、
「ねえ、有貴に話があるから奏君はちょっと席をはずしてくれる?」
「……ああ、わかった」
奏は頷いて、部屋を出て行った。奈緒と話しているのが扉越しに聞こえる。
「あれ、どうしたの? 奏くん」
「有貴に話があるんだとさ。多分、ミス研がらみの話だろうから、俺たちは向こうに行ってるとしよう」
「う、うん……」
なるほど、それで奏はすんなりと応じてくれたのか。物分りのいい親友で助かったよ。
……これから大変なことになりそうだけどさ。
本当にミス研がらみの話ということはないだろう。
それなら、明日香が俺を非難の目で見ている説明がつかない。
「…………。」
「…………。」
「…………。」
重い沈黙の空気が流れる。それは、俺が一方的にそう感じているだけかもしれないが。
「……有貴」
この空気の中、最初に口を開いたのは明日香だった。
「なんだよ?」
「聞いたわよ、全部。このユキッチからね」
いつの間にか、明日香の手のひらにユキッチが乗っていた。
ユキッチはすまなそうな顔をしていた。俺は嘆息して答える。
「そうか……」
「『そうか……』じゃない! なんでそんな安請けあいしちゃうの!?」
俺の答えが不満だったのか、明日香は本気で怒鳴ってきた。
「別に軽い気持ちで引き受けたんじゃねえよ」
「だったら、せめてあたしたちの誰かに相談してくれてもいいじゃない」
「……いや、こんな危険なことに巻き込みたくなかったし」
それを聞いて明日香は深いため息をひとつ吐いて、
「……まあ、いいわ。事が大きすぎて話せなかったってことだろうから許してあげるわ。それよりも……」
上から目線で許しておいて、まだ文句があるのか? 思ってることをはっきり言ってくれるのは基本的にありがたいが、今はちょっと勘弁してほしいな……。
実は俺、これでも結構疲労してるし。
そんな俺の気持ちを無視して明日香は言葉を続けた。
「最後の攻撃のとき、あんた精神力を使い果たしたでしょ? 有貴、本当はもう少しで死ぬところだったのよ」
「…………そうなのか?」
3人とも頷く。しかし、俺はそれにいまいち実感が持てなかった。
たしかにあの攻撃は全力で放っていて、精神力を使いすぎたなという感覚もあったけど、そこまで消耗していたとは思っていなかったのだ。
「あんたが倒れた後、すぐにあたしたちの精神力を分け与えていなかったら死んでいたかもしれなかったのよ。」
「そうだよ。でも……ユウがありったけの精神力を注ぎ込んだおかげで、ロッキーを倒すことができたんだけどね」
……ということは、結果オーライか? 明日香は「よくない!」って言いそうだけど……
俺の選択は無茶だったけど、間違ってはいなかったのか。
「……そういえば、岩のエレメンタルは?」
まさか俺が気絶している間に逃げられたとかはないよな?
「ああ、“精霊界”に強制送還したよ。ボクの能力を使ってね」
ユキッチが胸を張って俺の質問に答えた。
俺はさらに気になっていたことを尋ねる。
「……それで、東は?」
「無事だったよ」
今度は早川が答えた。
「私と明日香で有貴くんに精神力を分け与えた後、東くんが目を覚ましてね。戦いのことを何も覚えていないみたいだったから、上手く誤魔化して帰ってもらったよ」
「そうか……よかった」
本当によかった。
やったのは東本人ではないといっても、あいつは気にしてしまうだろう。それなら何も知らないほうがいいよな……
「有貴」
安堵の表情を浮かべていた俺に明日香が声をかけてきた。
「ねえ、また戦いになったらこんな無茶をする気なの?」
明日香も早川もこれが一番聞きたかったのだろう。二人とも真剣な顔で俺の返答を待っている。
俺はまたひとつ嘆息して、
「……あんなの毎回成功するわけないだろ? まだ能力の使い方がわからなかったから、力任せな戦い方しかできなかったんだよ」
「実は今日からその特訓をしようといていたんだけど、その前にあいつと遭遇しちゃったんだよ」
ユキッチも俺を弁護してくれた。だが今考えると、他の方法があったようにも思える。……でもそれは気にしたらダメだな、多分。
その答えに明日香も早川も納得しているようだ。
「ふーん。そっかあ……」
明日香がなにやら笑みを浮かべている。……いや、それも気にしたらダメだ、恐らく。
「特訓ねえ……。じゃああたしも手伝っちゃおうかな?」
……気にしたほうがよかった。明日香よ、なんでそんな話になる……
明日香の発言に早川もピクリと反応していた。
「なんでそうなるんだよ……」
俺は呆れた声で言った。明日香は少し頬を膨らませて言い返してくる。
「だってあたしも所持者ってやつなんでしょ? 今日みたいに力になれると思うんだけどなあ」
明日香は俺を上目遣いで見てきた。俺はそれに照れながらもさらに言い返す。
「せ、精神力の供給ってだけなら危険すぎる。戦う力を持ってないお前をこんなことに巻き込みたくないんだよ」
「あ、それなら大丈夫よ」
明日香がそう言って、手のひらに乗せたユキッチに視線を落とした。
ユキッチはそれに気づいて俺のほうを向いた。
「エレメンタルの特殊能力の一つに分け与える能力があるんだ。それを使えばアスカもボクらのエレメンタルの能力が使えるようになるよ」
……おいこら、ユキッチ。余計なことを言うな。そんなこと言ったら――
「なら決まりだね!」
俺がユキッチを睨んでいると、明日香が割り込んできた。明日香は満面の笑みを浮かべている。
「……わかったよ」
「よし!」
こういうときの明日香の笑顔は、俺にとって脅迫行為以外の何者でもない。
なんたって、明日香が浮かべているあの笑顔の裏には『断ったらどうなるかわかってるわよね?』という意味がこめられているのだから。
……こいつには一生勝てない気がするよ。
「そ、それなら私も!!」
「えっ!?」
早川まで突然そんなことを言い出したから、俺はかなり驚いた。
「な、なんで早川まで……」
「ここまで聞いて私だけ知らんぷりはしたくないよ。それに……」
早川が一瞬俺のほうを見る。『それに……』何だろう? それを誤魔化すように早川は声を張り上げる。
「と、とにかく! 明日香が手伝うって言うなら私もそうする。明日香は私の親友だから」
なんだか、それだけじゃない気がするが……
「い、いいよね?」
……まあ、いいか。
「お、俺は別にいいけど……」
俺はまた照れながらそう答えた。明日香がまたジト目で俺を見ていたけど、それは見えてないフリをした。
今はとにかく眠りたかったし……
「……じゃあ、今日はもう遅いから明日から特訓開始な」
「何言ってるの、有貴くん? 今からすぐに始めるんだよ!」
「そうね。そうしたほうがいいかもしれないわね……」
「……へ?」
俺の言葉に早川が凄い勢いで反応してきた。
あのー、早川さん? 何を言い出しているのですか?
何故明日香もそれに頷いているんだ?
「えーと、俺一応ケガ人なんだけど……」
「あ、それはボクが完璧に治しておいたよ。ついでにグラウンドね」
……あー。やっぱりユキッチが治してくれたのか……
本来ならありがたく思うはずなのだが、今はまったくありがたくない。
最後に俺の疑問を解決してくれてありがとうよ、畜生め。
俺は何とかして早川を説得しようとする。無理だと思うけど……
「でも、今日はもう遅いし……」
「明日から休みだから大丈夫だよ!」
「早川の親が心配するんじゃ……」
「明日香の家に泊まるって言ってあるよ!」
「…………。」
準備万端というより、用意周到だな、これは。
「有貴……」
「有貴くん……」
明日香と早川の二人の視線が俺に突き刺さる。
む、無理だ。やはり俺に交渉の才能はない。
「……わかった、やるよ」
俺は渋々ながら同意した。弱すぎるよ、俺……
「それじゃあ行こうか、有貴」
「ほら、立って、有貴くん」
明日香と早川が俺の両腕を引っ張り、俺はベッドから無理やり引きずり出された。
「お、俺、一応疲れてるから、程々にしてくれよ」
もうそれくらいしか言えなかった。
「いってらっしゃーい、兄さん」
「がんばれよ……」
そして、奈緒と奏に見送られる形で家を出た。
……助けてはくれないのね、二人とも。
この三十分後、俺が抜け殻状態になったのは言うまでもないことである。
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by yanagino-kiyohiko
| 2009-01-16 09:03
| 小説